Je te veux 2
男の大きな手のひらが香穂子の素肌をまさぐり、小ぶりだが張りのある乳房をすっぽりと包み込む。

「あっ……」

 やわやわと揉み上げるその感触に、揉みしだかれる胸から拡がる甘い疼きに、香穂子の唇から甘い吐息が零れ始める。
 男は今度は薄く色づき始めた先端を口に含み、舌先で転がす。

「あっ…あっ…あっ…」

 電流のような快感が背筋を駆け抜け、香穂子は切なく身を捩らせた。
 呼吸が乱れる。先端はぷっくりと膨らんで、躰の奥が熱く疼く。

「やっ…あんっ!」

 固く尖ったそこに軽く歯を立てられ、思わず首が仰け反り、甘ったるい声が漏れた。
 香穂子の内から、とろりと熱いものが溢れ出す。
 気づいた時には無意識に腿を擦り合わせていた。
 香穂子のその動きに、吉羅は彼女の下肢に手を伸ばした。
 亀裂をゆっくりとなぞれば、少女の躰が細かく震える。
 指先に伝わる濡れそぼる蜜の感触に、初めてにしては上々だと吉羅は僅かに口許を緩ませた。


 太腿を掴み、大きく脚を開かせる。
 小さな悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を無視して、そこに唇を寄せると溢れる蜜を掬い取るように舐め始める。
 二枚の花びらを掻き分け、合わせ目にあるルビー色の花芽を舌で捏ね回せば少女の腰がわななき震えた。

「あぁっ! やぁっ…、そこ、だめ……」

 何とか足の間にある男の頭を引き剥がそうと試みても、指先に力は入らず、ただ徒らにさらさらとした黒髪を掻き回すだけ。
 ぴちゃぴちゃと卑猥な水音が耳を打つ。
 あまりの恥ずかしさと慣れぬ強い刺激に香穂子の瞳にじわりと涙が滲む。
 男から与えられる快楽に翻弄されていた香穂子は、突然訪れた異物の感触に息を呑んだ。
 入り口が引き攣れるようなぴりぴりとしたその感覚に、指を入れられたのだとわかった。

「痛いか?」

「だいじょ…ぶ、です…」

 痛みがないわけではなかったが、耐えられないほど酷いものではない。寧ろ異物感の方が強いくらいだった。
 香穂子の返答に、吉羅は差し入れていた長い指を内壁を擦るようにぐるりと動かした。

「っ!」

 くちゅくちゅと音を立てて抜き差ししながら、時折指を折り曲げて、軽く引っかくように襞を抉れば、最初は彼の指をきつく締めつけるばかりだった其処は、やがて絡みつくような動きを見せ始める。
 挿入する指の数を二本に増やして、満遍なく内壁を擦り、少しでも反応を見せたところを執拗に責め立てる。

「…ひゃん!」

 ある箇所に差し掛かったところで、一際高い声を発し、突然香穂子の腰が跳ねた。

「ほう、君はここがいいようだね?」

 自分の反応に戸惑ったように彼を見つめる少女に揶揄するように囁くと、途端にかあぁっと彼女の顔が朱に染まる。

「知らな…っ…、やっ…あっ! んん…やめ…」

 拗ねたように呟く香穂子の内の先ほどと同じ箇所を何度も強く擦れば、少女は言葉を止め、甘い嬌声を響かせる。
 同時にぷくりと膨らみきって、亀裂の上端から頭を覗かせている花芽を口に含んで吸い立てる。

「っあ…、や……あああ……っ!」

 背筋をびくびくとしならせながら、幼い躰はあっけなく初めての絶頂を迎えた。


 荒い息を吐きながら、香穂子はぼんやりと天井を見ていた。
 四肢はぐったりと投げ出され、ドキドキと脈打つ鼓動はうるさいくらいに己の内に響いている。

「わ…たし、イッたの…?」

 優しく髪を撫でてくれる吉羅を見上げて問うと、そのようだね、と短く答え、彼は香穂子の額に唇を落とした。

「そう、これが……」

 呆然と呟く香穂子の躰を男の腕が抱き上げた。
 目で問うと、そろそろベッドへ行こう、と囁かれる。
 香穂子は小さく頷くと、吉羅の首に腕を回した。










 広いベッドの上にそっと下ろされた時も、まだ香穂子はぼんやりとしていた。
 少しの間の後、布が滑り落ちる音が聞こえ、ベッドがぎしりときしんだ。
 脚を抱えられ、内股を滑る硬く張りつめたものを包んだゴムの感触に漸く香穂子は我に返った。
 硬く熱いものを秘裂に押し当てられると、覚悟していたはずなのに、躰は震えた。

「暁彦さん……」

 覆いかぶさっている彼の顔を不安そうに見上げると、再び髪を漉いてくれる。

「大丈夫。全て私に任せていればいい」

「ん…」

 優しい手つきと言葉に、涙が溢れそうになる。
 何もかも初めてでいっぱいいっぱいの彼女と違い、吉羅は香穂子から見て十分過ぎるほど年齢を重ねた頼りになる大人の男性だったし、そのクールな振る舞いで冷たく見られがちだが、本当は情に厚く、優しい人なのを香穂子は知っていた。
 今夜だって申し訳ないほどに、香穂子のことを気遣ってくれている。
 安心して身を任せるに足る相手だと心底そう思っているのに、こんなにも大好きなのに、なのに、どうして自分の躰は言うことをきかないんだろう。
 それが悲しくて悔しかった。

「暁彦さん…、好き…」

 男の首に腕を回すと、その頭を引き寄せて、自分から口付ける。
 吉羅が驚いたように軽く瞳を見開いたのが見えて、それで香穂子の方からキスするのはこれが初めてだったことに思い到る。
 香穂子からのキスを合図に、吉羅はゆっくりと身を進め始めた。
 強い締めつけに、吉羅は僅かに眉根を寄せた。
 ゆっくりと時間をかけ、慣らしたつもりだったけれど、潤いは十分だが、やはり初めての躰はきつい。
 このまま一気に貫いてしまいたい衝動を抑えて、少女の痛みを最小限にするべく、彼女の呼吸にあわせてゆるゆると彼自身を沈めていく。

「ん……くっ…、はぁ…」

 力を抜くように言われていたのに、とてもじゃないけど、上手くなんてできない。痛いなんてものじゃなかった。
 指とは比較にならぬ質量と強い異物感に、思わず上げそうになった悲鳴を飲み下す。
 代わりに、香穂子は夢中で吉羅の背に腕を回し、縋りついた。
 引き裂かれるような強い痛みが下腹部を襲い、香穂子の両の瞳からはポロポロと大粒の涙が零れた。

「や…」

 弱い自分に、思い通りにならない躰に歯噛みしながら、やっぱり無理、という言葉が喉元までこみ上げる。
 とその時。香穂子の涙を唇で拭うと、吉羅がそのまま彼女の耳元に唇を近づけた。
 低い声で、早口に囁かれた言葉に香穂子の大きな瞳が瞠られる。


「Donne-toi, je te veux, Tu seras ma maltresse」


 こんな早口の、しかもフランス語が香穂子にわかるわけもない。吉羅もそれを承知で言ったに違いない。
 唐突に先ほどの謎かけのような遣り取りを香穂子は思い出す。彼女にわかったのはたったの一つだけ。
 でも、その一つだけで今の香穂子には十分だった。


――je te veux(君が欲しい)


 香穂子の目から、今度は痛みとは違う涙が溢れ出す。
 ずっと不安だった。
 年齢も立場も生活環境も全然違う、実るはずはないと考えていた人に、想いが通じた時はとても嬉しかった。
 でも、いざ付き合い始めてみると、彼はやっぱり大人で、自分はどうしようもなく子供で。
 一緒にいるとどうしてもふたりの差を意識してしまう。
 同じ時間を過ごす時の吉羅は優しかったけれど、それは戯れにペットを可愛がるようなものに思えて。
 彼はこんな子供っぽい自分を物足りなく思ってるんじゃないだろうか?
 吉羅には、こんな子供な自分よりも、もっと美人でセクシーで知的な大人の女性の方が似合ってるんじゃないだろうか?
 そんな思いが消えなかった。
 彼が関係を進めたがらないのは、勿論理事長と生徒だから、というのが第一にあるのはわかっていたけれど、でも、それだけじゃなくて、求められないのは、こんな子供っぽい自分なんて、女として見られていないのかもしれないという不安がずっと心の隅に引っかかっていた。
 彼は特に口下手という訳でなかったけれど。それどころか仕事やその他の場面では、頭の切れる吉羅は、必要とあらば、口が回り過ぎるほどの弁舌を発揮する人間であったけれども、普段はあまり自分の本音を言葉に出すことはしない人だから、余計に。
 こんなところまで連れてきてもらっても、それは香穂子が帰りたくないと駄々をこねたからで、何だか我儘に付き合ってもらったようで、嬉しかったけど、どこか申し訳なさも感じていた。

 でも違った。彼も香穂子を求めてくれていた。


(――私も、あなたが欲しいよ)


 香穂子は吉羅の瞳を見つめると頷き、泣き笑いの顔のまま彼に微笑みかけた。
 瞳を細めた拍子にぽろりと涙の粒が目の端から零れ落ちた。
 笑うことで躰の力が抜けて、痛みが少しらくになる。
 今までどうしてこんな簡単なことができなかったのだろう。

「つらいか?」

 零れた涙の粒を今度は親指の腹で拭ってくれながら、吉羅が静かに問う。

「へい、き…」

 もう大丈夫。下腹部はまだ痺れるように痛んだけれど、苦痛の逃し方は少しずつわかってきていたし。
 何より胸を満たす強い幸福感が痛みを凌駕していた。

「ねぇ、キスして…」

 あまえるようにねだるとすぐに応えてくれた。
 繋がったまま唇を合わせ、柔らかく舌を絡めあう。
 甘いキスが破瓜の痛みを散らしてくれる――


 香穂子が落ち着いてきたのを見計らって、吉羅がゆっくりと動き出す。
 ほどなくして、最初は荒い息を吐いて、吉羅にぎゅっとしがみつくばかりだった少女の唇から、甘い喘ぎ声が漏れ始める。
 蕩けそうな熱い粘膜に包まれて、彼もまた熱い吐息を漏らす。
 初めての時くらい、最後まで余裕ある大人として接してやりたかったが、さすがにそろそろ限界が近い。
 本当に、大きな瞳に涙をいっぱいにためて、健気に微笑まれた時は内心どうしようかと思った。
 吉羅は自嘲するように小さく笑うと、抽送のスピードを上げた。
 蠢く柔襞が彼を締めつけ、抜き差しするたびに、充血し、厚みを増した花びらが彼に絡みつく。

「あんっ、あんっ…ああぁん…」

 先ほど指で探り当てた箇所を何度も突くと、切迫したように少女の嬌声が高まる。

「ああっ!…そ、こ…、やっ……」

 突かれるたびに香穂子の背筋を電流のような快感が駆け上がる。
 吉羅が腰を打ち付けるたびに水音が響き、接続部分から、とぷりと新たな蜜が溢れた。
 重なる肌の上を滑る互いの汗が混じりあう。
 おかしくなってしまいそうな感覚が恐ろしくて、香穂子は必死で吉羅に縋りつき、朦朧とする頭でうわ言のように、繰り返し、男の名を呼んだ。
 最奥をうがたれて、香穂子が白い喉をのけ反らした瞬間、きゅっと男の指が尖りきった花芽を摘んだ。

「っ! い…っあ…、ああああっ!!」

 頭の中が真っ白になり、痙攣したように細かく躰が震えた。
 ぎゅうと香穂子の中が強く収縮し、今までで一番きつく彼を締めつける。
 体内で熱い何かが弾けるのを感じながら、香穂子は意識を手放した。










「ん……」

 薫り高いコーヒーの芳香が鼻腔をくすぐる。
 身じろぎして目を開いた香穂子が薫りの方へ首を巡らせると、窓辺に立つ男の姿が目に入った。

「え…、あき、ひこさん…?」

 状況が飲み込めないままぼんやりと香穂子が呟く。
 とその声が聞こえたのか、いつものスーツ姿でコーヒーカップを手に、外の景色を見ていた吉羅が振り返った。
 香穂子と目があうと、彼は微かに口許を綻ばせた。

「おはよう、お寝坊なお嬢さん」

「あ、おはようござ」

 つられて微笑みながら身を起こしかけた香穂子は、下腹部に感じた鈍い痛みに動きを止めた。
 一拍遅れて昨夜の出来事を思い出す。

(きゃああああ!)

 次の瞬間、香穂子は顔を真っ赤にして、シーツの中に逆戻りした。今度は頭の天辺まで。
 シーツの中に潜り込んだ香穂子の耳に、くつくつと喉奥を震わせるようにして笑う男の声が聞こえる。
 途中でどこかにカップを置いたのだろう、カタンという音を挟んで、段々その笑い声が近くなる。

「おやおや、今日はこんなにいい天気だと言うのに、私のお嬢さんは一日中ベッドで過ごすつもりかな?」

 すぐ近くで、笑みを含んでかけられた吉羅の言葉に香穂子は小さく唸った。
 そんなことできるわけない。それは香穂子にもわかってる。チェックアウトの時間…は、吉羅ならどうにでもなりそうな気がしないでもなかったが、香穂子は今日は遅くならないうちに家に帰らないわけにはいかないし、それにいくら今日が日曜だからといって多忙な吉羅が休みとは限らない。
 諦めてベッドから出ようと、取り敢えず顔だけ出したところで、はたと気づく。
 …今、身に纏うものがないことに。

(ど、どどどうしよう…? こんな明るい中、全裸でなんか出ていけないよ)


 考えた末に香穂子はシーツを躰に巻くと床に降り立った。
 大きなダブルベッドにかけられていたのだから、そのシーツも長く重い。が、贅沢は言ってられない。
 シーツを何重にもぐるぐると巻きつけて、ずるずると引きずった蓑虫のような香穂子を吉羅は何も言わなかったが、明らかに笑いを堪えているような表情で見ている。
 また呆れられてるんだろうなあ、と思いながら、その横を通り過ぎようとしたその時。
 香穂子の足が何かを踏んだ。つんと布が引っ張られ、引きずっていたシーツの裾を自分で踏んでしまったのだと気づいた時には躰は大きく傾(かし)いでいた。

「きゃあ!」

「おっと」

 倒れかかった香穂子の躰を男の腕が抱きとめる。

「危なっかしいなと思いながら見ていたら、案の定……。まったく、これだから、君からは目が離せない。
――相変わらず、手間のかかるお嬢さんだな、君は」

 微苦笑混じりの溜め息をつく吉羅に、嬉しいような、恥ずかしいような、拗ねたいような気持ちになって、香穂子は頬を染め、俯いた。

「すみません…」

 俯く香穂子の躰を吉羅がシーツごと軽々と抱き上げる。

「暁彦さん…?」

「毎回君を抱きとめるのも、面倒だからね」

 その言葉がこれからバスルームに辿り着くまでに、香穂子が確実に後、数回は転ぶであろうことを前提に発言されていることは訊くまでもなかった。
 もう、と頬を膨らませて軽く彼を睨む香穂子の視線を綺麗に受け流すと、吉羅は歩き始めた。










 バスルームの入り口のところで香穂子を下ろすと、ではごゆっくり、と吉羅は扉に手をかけた。

「ありがとうございます」

 ああ、と扉を閉めてくれようとしていた吉羅の手が止まる。

「君の支度が終わったら、朝食を摂りに行こう。クラブフロアの専用ラウンジの方が一般客がいないので落ち着けるが、一階のオーシャンテラスの方が開放的だし、品数も多いので君の好みかもしれないな。
支度を終えるまでに、どちらにするか決めておきたまえ。ま、私はどちらでもかまわないよ」

 そう言われ、急に酷くお腹がすいていたことを香穂子は意識した。

(わーい、ホテルの朝ご飯)

 にっこり笑って頷いた香穂子は、彼女の肩越しにバスルームの窓を見ていた吉羅が何気ない調子で呟いた台詞に固まる。

「…は、はいぃっ!?」

   静かに扉が閉まり、吉羅が踵を返した後も、香穂子は頬を染めて、暫くその場に立ち尽くしていた。



――次回はここからの夜景をふたりで眺めたいものだね。





 帰宅した香穂子が『ジュ・トゥ・ヴ』の歌詞を検索して色々な意味で更に頬を染めたのはそれから数時間後の話。





update : 10.4.17


2007年9月23日発行の『吉羅暁彦読本』様にゲストさせて頂きました作品の再録です。
原稿書いてたのが7月の末で、アンコール発売前でしたので、若干設定がアンコールと違ってるところがありましたので、今回の再録にあたり一部加筆修正しました。

ちなみに、サティは没後50年が経過して著作権は切れ、PD(パブリックドメイン)となっております。





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