◆挿話一◆

3枚の札を手に入れ、藤姫の館で一息ついていた八葉達は
これまでの成果を共に喜び、今後の行動について藤姫の占いを待っていた。

その間、藤姫の館から出歩くことを禁じられていたあかねではあったが
どうしてもじっとしていられず、そっと自室から抜け出していた。
供も連れることなく、向かった先は館よりさほど離れていない場所にある
糺の森だった。


「ここ、前に鷹道さんが、連れてきてくれたところ・・・。
『お互い寄り添いあって』って言ってた・・・。
なんで京の人と鬼の人たちもこの連理の榊みたいにお互い寄り添いあって
一緒に生きていけないんだろう。」


初めて京に来たときより少し荒れた手でそっと連理の榊に触れると、
まるでその老木が何か優しくなぐさめてくるような感じさえ覚えた。

「初めて私が京に来たとき、アクラムが神泉苑で、
『金の髪と青の目。京の輩とは異なる外見。』
って言ってたけど、確かに私たちの時代でさえ、
詩紋くんみたいにちょっと外見が違うだけで差別されるんだから
この時代には本当につらい目に会ってるんだろうな。
きっと最初は些細な誤解から生まれた争いなのに・・・。
あのときのアクラムの顔、
確かに仮面に隠れていてわかんなかったけど、
どこか、悲しそうだったなぁ・・・。」

あかねは、これまでの戦いで鬼達の話を聞くうちに、
いつのまにか初めて会ったときのアクラムの話を気付けば心で反芻し、
この戦いの意味を考えてしまうようになっていた。

「でも、あんな風に怨霊とか操ったりするのは許せない!
やっぱり間違ってるよね!うんっ!」

あかねが決意を新たに両手を胸の前でぎゅっと握りしめていたとき、
かさっと落ち葉を踏みしめる音が背後から伝わった。

「だれ?頼久さん?それとも泰明さん?」





「・・・久しぶりだな。龍神の神子。
このような場所に一人でおるとは。
怨霊や、我ら鬼の一族に襲われるとは思わなんだか・・・。」

「ア、アクラム・・・?」

てっきり、いつも護衛についてくれる頼久か、自分の行動に気を配ってくれている泰明が、
自分の後を追ってきたのかと思ったあかねは
今、まさに心描いていた人物が目の前に現れ、
どうしていいか解らず、小さな声を口から漏らすのが精一杯だった。

あかねの背後から現れたアクラムは
その無防備に姿をさらしているあかねをどこか楽しげに眺めながら
連理の榊のほうにゆっくりと歩み寄ってきた。

「なんでアクラムがこんなところに?」

「ふふふ・・・お前のことはいつも見ている。
お前が一人になれば奪い去ることなど造作もないこと。
我が元で、我が一族のため、働いてもらわねばならぬからな・・・。」

そうは言うものの、あかねから一定の距離で立ち止まったアクラムは
その距離を保ったまま、特にあかねに危害を加える様子はなかった。


一瞬、警戒をし、表情をこわばらせたあかねだったが、
アクラムの様子を見て、少し警戒を解き、
無言のまま、まるで自分に言い聞かせるように軽く顎を引くと、
一呼吸置いて、以前から胸に留めておいた疑問をアクラムに投げかけた。

「アクラム・・・。
ねえ、あなた達はなぜ京を滅ぼそうとしているの?」

「滅びではない。
愚かなこの京を我が一族が導き、
優秀なる指導者によって元来あるべき姿に戻してやろうとしているだけだ。
理想国家を築くことができるのは我ら一族以外ありえないのだ。」

「あるべき姿・・・?理想国家?」

「帝、貴族、賎民・・・所詮、人ふぜいが定めた律令。
己と異なるというだけで畏怖し、排除する愚民ども。
栄華などほんの瞬きの間にすぎぬ。
いずれ朽ち果てゆく様を、龍神の神子よ、お前は見たいか・・・?」

「アクラム・・・。」

アクラムの放つ一言一言はあかねの心に重く届いていく。
あかねはその言葉が自分から滑り落ちないように
握りしめていた両手を胸に当て、アクラムの変わらぬ表情をじっと見ていた。


「でも、だからといって、何してもいいってわけじゃないじゃないと思う。
怨霊を操って、京の人たちを苦しめたり・・・。
どんなに、あなた達が哀しい想いをしたからといって・・・。」

「悲しい?
お前ごときがこの私に同情するというのか?
そのようなくだらぬことを申すな!」

今までまったく表情を崩さなかったアクラムが声を荒立て、
怒りに一歩、足を踏み出だそうとしたその瞬間、
あかねがアクラムの元に駆け寄り、
アクラムの仮面にそっと両手を添えた。



仮面に隠されたその表情は他の者からはまったく見えないはずだったが、
あかねの脳裏にははっきりとしたイメージとなって伝わってきた。
アクラムの誰も寄せ付けないまでの冷たく美しい顔と、哀しい瞳が。


一瞬、その仮面をもはずそうとしたかのように思えたが、
そのまま、アクラムの両頬に手を滑らせ、柔らかな口調でアクラムに語りかけた。

「ううん・・同情なんかじゃないよ。
私も見てきたから。私がいた世界で。
最初はささいな価値観の食い違い。
それが相手を傷つけ、傷つけられた人はまた相手を傷つけ返す。
でもね、それで、また争ったら一緒じゃない。
ただ、哀しみが繰り返されるだけだよ・・・。」

あかねの大きく見開かれた瞳に、一瞬躊躇したアクラムだったが、
その手を振り払い、あかねに背を向けた。




「今日のところは、戻るとしよう。
このままお前を連れ去ってもよいが、気が失せた。
今度会うときは必ずお前を手に入れる。
それまでせいぜい龍神の力を高めることだ。」

次の瞬間、アクラムはあかねの前から姿を消し、
辺りは何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。





「待って・・・!アクラム!まだ話したいことがあるの!」

あかねの声だけが糺の森に深く木霊していた。





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