捜し物
「―――さて神子殿、こうなったからには観念して、すみやかにお返しいただけるのだろうな?」

(うううー、後一歩だったのに〜)

 頭上から降ってくる勝ち誇ったような泰衡の声に、望美はかつて将臣にふざけてよくヘッドロックをかまされた時のようなぐるるる、と言う唸り声を上げて自分に回された腕を睨みつけた。





 事の始まりは他愛ないことだった。
 仕事人間で滅多に休みを取らぬ夫の身を案じ、痺れを切らした妻が乗り込んできて、休め、休まぬの喧嘩を始めるのは、もうここ柳ノ御所の月に一度ほどの恒例行事となっていた。
 総領の働き過ぎは衆目の一致するところだったので、郎党の中には奥方にこっそり同意する者はいても、望美を仕事の邪魔をする悪妻と非難する者は一人もいなかった。

 結婚してから、これでも仕事量を減らしたと泰衡は言うが望美には信じられない。
 これで減らしたって一体以前はどれだけ働いてたのよ、この仕事中毒! と文句の一つも言いたくなるというものだ。

 いつものように乗り込んできて小言を言う望美に、いつものように泰衡が皮肉たっぷりに返し、今日も言い合いが始まった。
 結局最後は何だかんだ言いつつも泰衡が折れて、休憩を取り、仲直りするというのが結婚以来のお決まりのパターンになっていたのだが、この日は少し様子が違った。
 何だか今日は彼は虫の居所が悪かったようで、いつにも増して言葉が刺々しい。
 おまけに言い合いが進むにつれて、つい感情的になりがちな望美に対して、いちいち冷静に無駄に的確な正論で返してくるから余計に腹が立つ。

 もう、こんな男知るもんか、といい加減几帳でも蹴倒して帰ろうかと思い始めた頃、追い討ちをかけるようなカチンとくる一言が来て頭に血が上った望美の視界に文机の上の象牙印が目に入った。
 重い象牙製で複雑な文様が掘り込まれたそれは重要書類の決裁の時に使用される物だと聞いている。
 今思うと随分子供じみた真似をしてしまったと自分に溜め息が出るのだけれど…。
 カッときていた望美はそれを掴むと走り出した。
 さすがにこれがないと仕事にならないのか、いつもは望美が何かやっても、呆れたような溜め息をつくだけで動ぜぬ泰衡が、ちらりと後ろを振り返ると眉間に皺どころか、こめかみに青筋まで立てて追って来るのがちょっと怖いけど面白い。

(ふーんだ。少しは困ればいいのよ)

 心の中で舌を出す。 しかし、文机のあった母屋を駆け抜け、庇の間(ま)を横切り、簀子縁まで後一歩という所まで来た時。
 御簾をかいくぐる前に、背後から伸びてきた腕に望美は捕らえられてしまった。
 捕まる前に印は何とか帯の所に隠したが、後ろから強く抱きすくめられてしまって身動きが出来ない。
 そして冒頭の台詞となるわけである。





「持ってない」

「嘘をつけ」

「………」

「――望美」

 低く名を呼ばれ、望美は反射的にビクッと身をすくませた。
 声を荒げられるよりも、こうして低くぴしりと鞭のような声音で言われる方がこの人は怖い。
 しかし、それでも望美が意地を張って口を噤んでいると、やがて深い溜め息が降ってきた。

「言いたくなければ言わぬがいいさ。ならば勝手に捜させていただくまでのこと」

 えっ?と思った望美がその意味を問う前に、襟の合わせめから大きな手が差し入れられた。

「きゃっ! ちょ…やっ…あっ…泰衡さん!?」

 望美の細身な躰には不似合いなほど豊かな双丘を男の手がまさぐる。
 身を捩って逃れようとするが、がっちりと腰に回された男の左腕がそれを許さない。

「ぁん…やめ…あ…ああ! そんなとこに…ない…よう…」

 堅い手のひらで擦られて、胸の先端が固くなる。
 それに呼応するかのように躰の奥が熱く疼き始めた。

「ならばどこにある? ん?」

 問いながらも、男の手の動きは止まらない。
 円をえがくように揉みしだかれたかと思うと、次は乳房をぎゅっと鷲掴みにされて高い声が洩れる。

「あっ…んんっ…知…らな……ふぁ…」

 望美は息を乱し、半泣きになりながらも、ふるふると首を振った。

「フン、強情な女だ」

 苛立ったような舌打ちが一つ。
 胸元から手が抜かれ、ホッとしたのも束の間。
 次の瞬間着物の裾が割られ、柔らかな内股を撫で上げられて背筋が震える。

「やぁっ…。返す! 返すから…もう…」

 しゃくりあげながら、漸く降参した望美に、やっと男の手が止まった。
 しかし、反射的に嫌と叫んだもののいざ放り出されると躰の奥で燻る熱がジリジリと身内を焦がす。
 望美の瞳からぽろりと大粒の涙が零れた。

「まったく…。泣くぐらいなら、さっさと白状すればいいだろうに…」


 望美の躰を向き直らせて。
 呆れたように苦笑しながらも、親指の腹でそっと涙を拭ってくれるその手つきは優しい。
 この人に泣かされたのに、と思うのに、その優しさに望美の目にじわりと新たな涙が滲んでくる。

「自分が泣かしたんじゃない…」

 つい拗ねたような口ぶりになってしまう。
 しかし詰る彼女に、度の過ぎた悪戯をするお前が悪い、と厳しい顔で告げると泰衡は望美に背を向けた。

「あ…」

 同じ部屋にいるのに、背中を向けられると拒絶されてるようで悲しくなる。
 それが熱をはらんだ切ない躰を持て余している時なら尚更だ。
 望美の瞳から再びポロポロと大粒の涙が溢れ出す。

「や…ひら…さん…」










(少し虐めすぎたか…?)

そんなことを思わないでもないが、取り返した印を手に泰衡が取り敢えず母屋の方へ戻ろうと歩みかけた時、背後から、か細い声が聞こえたような気がして彼は足を止めた。
 振り返れば小さな姿がしゃがみ込んで細い肩を震わせている。

「…………」

 泰衡は溜め息を吐くと少女の傍へ行き、膝をついた。
 印を傍らに置き、そっと両手で少女の頬を包み込むと膝に埋めていた顔を上げさせる。
 泣き濡れた瞳が驚いたように丸くなり、彼を見つめている。

「今度は何だ…?」

 静かに問えばたちまち彼女の顔が真っ赤になる。

「……熱くて…苦しいの…」

 目を伏せて、消え入りそうな声でぽつりと呟く。

「…?」

 訝しげな顔をする泰衡に焦れたように、少女の声が高くなる。

「だ、だから…躰熱くて…堪らないの。責任、取ってよ…。泰衡さんのばかぁ!」

 耳まで赤くなって叫ぶと、泣きながら、熱い躰がむしゃぶりついてくる。
 体温の上昇した躰から放たれる甘い少女の匂いが彼の鼻腔をくすぐり、甘やかに誘う。

「やれやれ…」

 呟いたのは少女へかそれとも己自身へか。
 彼は嘆息すると甘く苦笑した。
 大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて胸に飛び込んできた愛おしい存在をどうして振り払うことが出来ようか。
 泰衡は泣きじゃくる少女の背に腕を回すと、嗚咽を洩らす唇を塞いだ。





update : 06.7.7


泰衡が何だかSくさくなってしまった…(笑)
この後は本番か、またはオシオキになると思われますが、そこまで書くと本格的に裏ページを作らなきゃいけなくなるので、取り敢えずこれで終わっときま〜す。





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