不機嫌な恋人
 ウキウキと上機嫌で玄関チャイムを鳴らしたあかねは、ドアを開けたアクラムの眉間に深く刻まれた立て皺に絶句した。

「…あ、あの…えーと、アクラム…?」

「…………」

「もしかして、少し遅れたこと怒ってるとか? ごめんね、ちょっと用が出来ちゃって…」

 えへへと笑いながら、手を合わせるあかねをジロリと一瞥すると、何か言いたげに薄い唇が歪む。
 暫しの沈黙の後、まあ、あがるがいい、との言葉を残すと男は踵を返し、そのままスタスタと歩いて行く。
 そのすらりとした長身の後姿を見ながら、あかねは首を傾げた。

 確かに約束の時間よりも少し遅くはなったものの、でも、家で待っているのだし、それにいつもこれぐらいの事で機嫌を損ねたことなんてなかったのに…。










 部屋に着くとアクラムは既にソファに座り、分厚い本に目を落としていた。
 あかねが部屋に入っても、顔をあげようともしない。

 どうしちゃったんだろうなぁ? 多分時間の事だけで怒ってるんじゃないよね。
 訊いてみようかなとも思うけど、それでこの人が素直に答えるとも思えないし…。
 一瞬帰ろうかとも考えたが、せっかく昨夜一生懸命作ったチョコレートをバレンタイン当日に会って渡さないなんて勿体無いような気もする。

(―――それに、きっと私が帰ったら、もっと怒るんだろうなー)

 ふうっと溜め息をつくとあかねは慣れた手付きでハンガーを勝手に取り、脱いだコートをかけた。

外すっごく寒かったから、あったかいお茶が飲みたいな。
アクラムも飲むでしょう?淹れてくるね」

 殊更明るい声を出すとキッチンへ向かう。
 お湯を沸かしながら、金色のフォションの缶を手に取り、紅茶の準備をする。
 紅茶のシャンパンとも称される香り高いダージリンをストレートで飲むことをアクラムは好んでいたけれど、自分用に砂糖とミルクも用意して。
 最後に温めたカップをトレイに乗せるとあかねは部屋に戻った。

 テーブルにトレイを置くとアクラムの隣に座る。
 ティーポットから2つのカップに熱い液体を注げば、ダージリン特有のマスカテルフレーバーがふわりと広がる。

「はい」

 湯気の立つカップの1つをアクラムの前に置いて、ああ、と漸く頭を上げたアクラムの顔を見つめる。

「―――何を怒ってるの?」

「―――別に怒ってなどおらぬ」

 むすっとした表情(かお)で、間髪を入れずに返ってきたのはあかねの予想した通りの答え。

「嘘! 怒ってる!」

「だから、怒ってなどおらぬと言っているであろう!」

「ほら、やっぱり怒ってるじゃない!」

 声を荒げたアクラムに怯みそうになりながらも、気丈に怒鳴り返す。
 暫し無言で睨みあった後、先に視線を逸らせたのはアクラムの方だった。
 無表情で紅茶を啜るアクラムの冷たく整った横顔を見ていると、涙が出そうになる。

 何でこんな日に喧嘩しなくちゃいけないんだろう…?

 あかねは再び小さく溜め息を吐いた。

「今日はバレンタインだから、せっかく手作りチョコレート持ってきたのに・・・。
なのに、肝心のアクラムがそんなんじゃ渡す気にもなれないよ…」

「フン、チョコレート、ね」

 思ってもみなかった皮肉げな口調にあかねは目を瞠って男を見つめた。

「何よ、要らないんならいいよ! 私が全部1人で食べるもん…」

 ムカムカしながら、あかねが持ってきた紙袋から、乱暴に、綺麗にラッピングされた小箱を取り出すと、横から伸びてきた男の手がそれをひったくった。
 驚くあかねに、別に要らぬとは言っていない、と不機嫌に告げると、細くしなやかな指がスルスルと細いリボンを解き、包装紙を開いていく。

(もう、素直じゃないんだから…)

 そんなことを思いつつも、どこか嬉しいのはやっぱり惚れた弱みという奴だろうか?

「…食べて、くれるの?」

 蓋を開けば、カカオとダークラムの濃厚で甘い香りが辺りに漂う。
 箱の中にはそれぞれココアと粉砂糖をまぶして仕上げたちょっぴり自信作のラム・トリュフが 3個ずつ。
 長い指が無造作にトリュフを1つ摘み、口に運ぶ仕草をドキドキしながら見守る。

「――どう?」

 少しの間の後。

「――甘味が足りぬ」

 ぼそりと相も変わらず不機嫌そうに呟かれた予想外の答えに目を見開く。

(ええー、そりゃ確かに甘い物苦手なアクラムの為に洋酒多めで、甘さ控えめになるように作りはしたよ…、でも、そこまで言われる程じゃ…)

「うそぉ! だって、詩紋君達は丁度良いって言っ……あ!」

 慌てて口を押さえてみても、もう遅い。

「やはり、な」

 薄い唇がつり上がり、皮肉な笑みを形作るのを呆然と眺めながら、あかねは全てを理解した。

「だ、だって、詩紋君は私のお菓子作りの先生だもん!
レシピもらったんだから、味見ぐらい…」

「――ほう」

あわあわと慌てふためくあかねの首筋を冷たい汗が流れていく。

「そ、それに天真君にあげたのは形が崩れた奴だし…」

 段々とあかねの声が小さくなり…。

「―――言いたいことはそれだけか…?」

 冷ややかな視線と言葉に、ウッと詰まる。

 そもそもあかねが普通の洋菓子の本を使用せず、わざわざ詩紋に洋酒多めで甘さ控えめでも、ちゃんと固まるような配分の特製レシピを作ってもらったのは気難しげな好みのアクラムの為であったのだけれど…。
 それに礼代わりといえ詩紋に渡せば、天真にも渡さない訳にはいかないし…。
  しかし、理由はどうあれ他の男にも、チョコを渡していたという事実に変わりはないわけで…。

「……ごめんなさい」

 あかねはガックリと肩を落とした。

「あやつらと同じ物など要らぬな」

(や、やっぱり…。うう。何でバレたんだろう…?)

「……そうだよね」

 しょんぼりと呟いて。
 俯いたあかねはその時、そんな彼女の耳を伏せた子猫のようなすっかりしょげかえった有様を見て、男がふっと視線を柔らかく緩めた事に気がつかなかった。

「そんなに甘さ、足りないかなぁ?」

 トリュフを1つ摘み、ポイと口に放り込んだあかねは、不意に口付けられて息を呑んだ。
 絡まる甘く熱い舌が溶かしていくのはチョコレートだけではなくて。

 頭の芯が痺れたようにぼうっとなる。
 躰から力が抜けて、ふわふわと夢見心地になるのは決して多過ぎるラム酒のせいだけじゃない。















「―――甘味が足りないんじゃなかったの?」

 熱い吐息を洩らしながら、瞳を潤ませたあかねが揶揄するように問えば、腕の中の少女の花びらのような唇に次の分の新たなチョコを含ませながら、男が笑う。

「足りぬ甘味はお前自身で補えばよかろう」





update : 05.2.20


はいっ、アクラム様確信犯です(笑)
あれだけ「神子は私のものだ」「私のものだ」所有宣言をかますお方なので、独占欲はかなり強いと思われますので、この状況はちょっとおもしろくなかったんじゃないかな(笑)。
プライドも高いし、気難しいし、あかねちゃんも苦労しますね〜(笑)でも、惚れた弱みってことでv(笑)

久しぶりのアクラムxあかねバレンタイン創作、前に書いたのはいつだっけ?と、日付を見たら、何と3年前でした。ビックリ!(笑)
3年経っても、アクあか熱は相変わらず・・・とゆーよりも、アニメ化に続いて、アクあかED追加の遙か1リメイク版発売を間直に控えて、寧ろヒートアップしています。楽しみ〜vv






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