曼珠沙華
〜アクラム〜

 

 

 

宵の刻の冷たい風が、緩やかに頬を撫ぜて行く。

 

洞窟の外の暗い木立の中を歩きながら、私はしっとりとした、闇の感触を楽しんでいた。

 

本来なら、夏であるはずの今の季節、このような風は珍しい。

四神を呪い、雨の降らなくなった現在には、なおのこと。

 

だが 今の私の心境には 余りにも似つかわしい風だ……

あのような者に、心を奪われてしまった、この私の愚かさに…。

 

私が召還したにも関わらず、得られなかった龍神の神子…

私の元に来ることを拒み、あまつさえ、私の邪魔をする存在…。

八葉の心のかけらを集め、削いだ力を蘇らせる…。

怨霊達を浄化させ、広めた穢れを清めてゆく…。

 

 

腹が、立つ…

進めて来た計画を阻まれる事が…。

 

 

邪魔を、するな…

これは我等に残された、最後の希望…

 

 

 

“皆のため”…      

       “京のため”…

その言葉を信じて都を走り回る健気な少女…。

 

 

お前に何が解るのだ?

 

うわべだけを飾り立てたこの都の、表面だけしか知らぬお前に

 

華やかな栄光の裏にある、極彩色の影を知らぬお前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―京―

 

 

 

 

 

 

“力”ある者達が支配し

“力”無き者たちが苦汁を飲む“美しい”都…

 

その美しさがどこから来るか、お前はきっと、知らぬのだろうな…

 

 

 

 

 

“赤”は“血”だ、無知なる者よ

あの都の家々を彩る、深い深い朱の色は。

農民達が休まず働き、搾り取られる血税の

えもいわれぬ美しき鮮血の色よ。

 

 

 

 

 

 

“青”は“涙”だ、愚かな者よ

あの貴族どもの身を飾る、衣の重ねの藍の色は。

働けど働けど、楽にならぬ暮らしをひた嘆く

空しく色付く下層民共の哀の色よ。

 

 

 

 

 

 

下々の者たちの暮らしぶりなぞ、お前は知るまい

上流貴族の屋敷に生活し、庶民の生活ぶりなぞ知りもしないお前に

 

 

 

 

増してや迫害を受ける者達の 本来の苦しみなぞ知るはずも無かろう。

 

 

今まで生きてきた鬼達が受けた、迫害の痛みがわかるか?

 

 

存在自体を否定されることが、どれほど恐ろしいものか

 

 

 

鋭い爪や鋭利な刃物よりも

言の葉がどれほど強く、受けるものを傷つけるかを

 

 

そこから流れる滴りは

肉を流れる鮮血よりも、どれほど鮮やかな色をしているのかを

 

 

 

 

 

 

何も知らぬ、何も解らぬ、愚かで浅はかで清らかな娘

仲間の事をひたすら気にかけ、鬼であっても心を動かす

 

 

恨みも つらみも 苦しみも 悲しみも

 

真の意味ではお前は知るまい

 

 

 

裏切りにも  絶望にも

 

お前はうたことはあるまい

 

 

 

 

 

“知らぬ”故の清らかさ

“解らぬ”故の純粋さ

“それ”がお前の神子たる所以

神子の持ちたる本来の性質

望んで引き寄せたはずのその“力”に

何ゆえこれほどまでに苦渋を飲ませられなければならぬのだ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれすら知らぬがごとく

ただひたすらに…お前は優しい…

 

 

 

 

その万物に向けられる“優しさ”を

我一人に向けさせることは出来ぬのか…

 

 

 

 

 

そう思うようになったのは、

一体いつごろからの事なのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せん無き事、と解ってはいる

 

それでも望まずにはいられない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愚かな事、と知っている

 

それでも願わずには居られない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 全く持って救いようが無い ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らず、自嘲的な笑みを浮かべつつ、考えにふけりながら夜の森を歩き続ける。

そして、気付けばいつしか、見慣れた石の壁の前にいた。

 

…どうやら、知らないうちに、洞窟の外に戻って来てしまった様だ。

 

冷たい石壁に持たれかかり、私はぼんやりと、頭上に霞む月を見上げた。

細い雲が控えめに輝く月にうっすらとかかり、遙かなる高みから、こちらを見下ろしている。

 

ゆっくりと手を回し、顔を覆う仮面を外す。

ひやりとした冷気が肌に当たり、天空の光の美しさと相まって、ぼんやりと、心を幻想に遊ばせる。

 

―― ふいに、“天”とは何処か…という疑念が湧いてきた。

龍神が棲み、全てを見渡す天上とは…。

 

四神は“地”に居た…。

我々が捕らえることは可能であったのはそれ故だ。

 

そして、龍神を捕らえる事叶わぬのは、

かの者がこの場地の上におらぬ故だ。

 

だから神子を召喚した。

かの者の力を得るために。

力を得るための媒体として…“道具”として。

 

それだけ…

 

 

そう、それだけのはずだったのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じれば…

 

神子の顔が…浮かぶ…

 

 

それらは、ある時は怒った顔であったり、

ある時は泣いている顔であったり、

ある時は…

私に向かって微笑みを浮かべていたり…する…。

 

 

それらを見るたびに、

私の心の臓は、

 

悲しみに溢れ

 

空しさに濡れ

 

そして

 

 

苦しいほどに締め付けられる…

 

 

 

 

その場に神子が居ないにもかかわらず、

目の前に居るような錯覚すらを引き起こす。

 

 

 

 

 

あの笑顔を得られるならば…

あの心を手に出来るならば…

私は…

私は…

何を捨ててでも…それで…

ただ…それで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つと、音を立てて吹いた冷たい夜風に思考を遮られる。

同時に今しがた自分の考えていた事を理解し、苛立つままに唇を噛む。

 

―― 何という愚かな事を考えているのか ――

 

ゆっくりと、頭を振る。

愚かな思考を追い出すために。

 

唇を噛み、首うなだれる。

所詮は無理だと解るが故に。

 

ゆるゆるとため息をき、視線を泳がせた足元で、

衣の裾を彩る、大輪の花の影に目が止まる。

 

秋の…死人を迎える時期に咲く花…曼珠沙華…

その意は、天に咲く、赤い花だという…。

 

届かぬ高みにあるものは

やがてはこの手の届くところに現れるものなのだろうか

天の花が地から生え、

花を咲かせて風に揺れ動くように

 

そして

手に入れようとした瞬間に失ってしまうものなのだろうか

見事に咲いた曼珠沙華が

ほんの数日で枯れ果ててしまうように

 

 

 

 

赤き花は高みに帰り、死人を天に連れ帰る

ならばいっそ、死に絶える、

心も共に連れてゆけ

 

 

 

 

曼珠沙華

曼珠沙華

天上の花よ

この思いを連れてゆけ

 

我を惑わすこの願い

どうせ叶わぬ望みなら

その根の元にうずめるが良い

 

そうしていつしか食らい尽くし

次なる花を咲かせるが良い

 

そして私は迷いを葬り

行くべき道を進んでゆこう

 

ただまっすぐに背を伸ばし

ただまっすぐに前を見て

ただの一人でこの道を

 

ただまっすぐにこの花が

ただの一人で咲くように

 

曼珠沙華の花の意味

゛独りで立つ” がその言葉

 

 


はい、遙か最初のSS,「曼珠沙華シリーズ」第1弾、

曼珠沙華〜アクラム編〜

です。

 何だか無駄にだらだら長くなってしまいましたが、今の段階ではコレが限界です…(死)

 心理描写ってのは本当に毎回何か話を書くたびに苦労しますが、恋愛感情が絡んだら3割り増しですね(泣)

 何書いたら良いのか解りません(爆)ってか、既にこれ意味解りません(死)…。もっと格好いいお館様が書きたいです〜…。(TT)

 元々“彼岸花”を総タイトルとして、別名使って書こうと思ってたんですが,

 「曼珠沙華」ネタがやたらと多く出てくるので、粃さんが作った100質に「曼珠沙華」があったのをいいことに、コレだけ独立させてしまうことに致しました(強引)

 って言うか、元々「曼珠沙華 曼珠沙華 天上の花よ 〜」のフレーズが書きたいが為に考えたお話なんですよね〜…。これって…。

 キャラごとにこのフレーズ当てはめて考えたら、皆いろんなこと語ってくれちゃって…。

 そんなこんなで、こういうシリーズものになったんです。(何てアホな理由だ…)

 そして、その、テーマのようになったセリフの理由を考えて書くうちに、こんな長ったらしく…!!

 力不足で申し訳ないです…。(深々)

 

 ちなみに、文中の“独りで立つ”が花の意味、って言うのは、曼珠沙華の花言葉に「独立」って言うのがあるからです。(さらに強引)

 


会員番号86番の風城飛鳥様から戴きました『曼珠沙華〜アクラム〜』です。
鬼の一族を率いて立つ孤高の首領アクラム様がふと洩らした切ない独白。
対とリフレインが効果的に使われていて印象的な雰囲気です。
独りで立つ曼珠沙華が孤高のアクラムのイメージと鮮やかにピッタリと重なります。
冷たい仮面の下に誰よりも熱い想いを押し隠したアクラムが切ないです

風城さん、素敵な創作をありがとうございましたv