SWEET DRUG

 











 目覚めると何だか頭が重かった。
 昨夜までは何とも無かったのになぁ、と訝しげに思いながらも、身を起こそうとすれば、
躰に力は入らず、再びくったりと床に臥してしまう。




 あれれ?




「------どうした?」


 困惑顔のあかねに先に起きていたらしいアクラムから声がかかる。


「うん・・・。何だか躰に力が入らなくて・・・。それに頭もちょっと痛いし・・・」


「頭が・・・?」


 緩く頭を振りながら紡がれるあかねのその言葉に男の形の良い眉がひそめられる。
 すぐに彼女の横に膝をつくと、切れ長の瞳が考え込むように 凝っと彼女に注がれて。
 トクンとそんな些細な事でいまだに鼓動を撥ね上げてしまうあかねの額に
彼の大きな手が当てられる。




 気持ちいい・・・。




 「寒気は無いか? 咳(しわぶき)や喉の痛みは?」


 ひんやりとした掌の感触が心地良くて。
 目を細めたあかねに落ち着いた声で 男が問いかける。


「ん、あのね・・・」












 やがて。
 ひとしきりあかねから答えを得ると、アクラムは額から手を外し、
ふむ、少し熱があるようだな、と呟いた。


「------風邪?」


「おそらくな。今日はこのまま寝ているがいい」


「ええー、大丈夫だよ!」




 それは困る。だって、今日は・・・。




 慌てて身を起こそうとするあかねの肩をアクラムの手が床に押し戻す。


「いいから」


「だって・・・」


「病の時ぐらい、たまには私の言う事をきけ」


 尚も言い張ろうとするあかねにアクラムの語調が強まる。
 そう告げるとすぐにアクラムはそのまま部屋から、出て行ってしまった。
 その背を見ながら、あかねは何だか泣きそうな気分になった。




 ------だって・・・今日は特別な日なんだよ。




「何よ・・・普段だって、私、言う事きいてあげてるじゃない・・・。 アクラムのバカ!」


 そんな事を言ってみたが、気は晴れない。




 ううん、バカなのは自分だ。 健康には自信あったのにな・・・。
 あーあ、よりによってこんな日に風邪引いちゃうなんて情けないなぁ。
 せっかく計画立てて色々準備してたのに・・・。私のバカ。くすん。




 衾(ふすま)を頭まで引っ張りあげると唇を噛み、ゴロンと寝返りを打つ。
 そうこうしている内にいつしかあかねは再びうとうとと眠りに落ちていった。






















「・・・かね。・・・あかね」


 名を呼ぶ声と軽く揺すられる動きにゆっくりと目を開ける。


「・・・うん?・・・どうしたの?」


 眠気と熱のせいでぼんやりとした頭で目を擦りながら問うと
アクラムが傍らに置かれた折敷を指し示す。


「薬湯を持ってきた。水もある」


「ええー!」


 それを聞いてあかねは一気に目が覚めた。


「ほう、この私手ずから調じてやったと言うのに不服そうだな」


 アクラムの手を借りて身を起こすと、一緒に持ってきてくれたのだろう暖かな綿衣(わたぎぬ)を
肩に着せ掛けてくれながら、 どこか面白がっているような表情(かお)で、男が言う。


「だって・・・。そりゃアクラムの薬がよく効くのはよく分かってるよ・・・」


 以前にまだ彼女が龍神の神子をやっていた頃、何かの折りに彼女の八葉の1人であった博識な
藤原鷹通が言っていた。


「鬼の一族は毒や薬に関して京人には無い大陸渡りの知識を 持っているそうです」と。


 又、別な八葉イノリの病弱な姉の命を繋いでいたのが鬼の一族秘伝の薬だと言うのも
セリ本人から聞いた間違いの無い事実。
 毒や薬に関してよく通じている一族の、それも長ともなれば、その本草学の知識は
確かに計り知れない物があるのだろう。
 しかし・・・。


「分かってはいるけど・・・。でも・・・」


 でも?と片眉を上げながら問うアクラムを上目遣いにチラと見上げる。
 でも、とっても苦いんだもん、と口を尖らせたあかねが言い難そうに呟くと、
男は一瞬の沈黙の後、案の定声を立てて笑い出した。


「何を子供のようなことを・・・。ほら」


 促され、しょうことなしにまずは水を少し飲む。
 次にまだ湯気の立つ薬湯の椀を持つが、やはりすぐには口を付ける気には なれない。
 ううーっと唸りながら、椀を睨みつけているあかねを眺めていたアクラムはクスリと一つ笑うと
彼女の背後に移動する。
 背中にアクラムの温もりを感じたと思ったと同時に後ろから伸びてきた男の手が
彼女の持つ椀に添えられる。


「手伝ってやるから、早く飲むがいい」


「う、うん・・・」


 男の有無を言わせぬ口調に覚悟を決め、あかねは椀に口を付けた。





 う。や、やっぱり苦いよぉ・・・。




 そんな事を思いながらも、2度3度と口を付け、漸く全部飲み干すと 慌てて水を流し込む。


「うぅ、お水飲んでも、口の中の苦いのが消えないよ〜」


 顔を顰めてブツブツ言っていると、あかねの頬にアクラムの手がかかる。


「ならば、甘くしてやろうか?」


 笑い含みの声に、え?と思った瞬間グイッと斜め後ろに頭を引かれ、肩越しに男の唇が重なる。


「・・・んっ・・・」


 重なると同時に滑り込んできた舌のざらりとした感触にあかねの肌が粟立つ。


「んんっ・・・・・・」


 絡め取られた舌をきつく吸われ、くぐもった声を上げながら、あかねは慌てて
震える手で男の衣をギュッと掴んだ。





















「も、もう・・・風邪が伝染っちゃうでしょ・・・」


 長い口付けから解放されたあかねが頬を染めて、力無くなじった。
 ぐったりした躰を広い胸に持たせかければ、たちまちすっぽりと男の腕が彼女を包み込む。
 しっかりと彼女の華奢な躰を抱き込みながら。


「熱で潤んだお前の瞳がいつもより少しばかり愛らしく映ったのだから、 仕方あるまい」


 さらりと悪びれもせずに言い切るアクラムに、あかねは真っ赤になって絶句する。


「それにどのみち同じ部屋で寝起きしているのだ。何もせずとも、伝染る時は伝染る。そうであろう?」


「それはそうかもしれないけど・・・・・・」




 ・・・・・・何かアクラムのせいで、さっきよりも、熱が上がってきたような 気がするよ・・・。




 あかねは大きく溜め息を吐いた。


「・・・・・・もう、寝る」


 脱力して呟くあかねに、それがよかろう、とアクラムも同意する。


「あ!その前に・・・」


 もたれかかった胸から身を起こそうとしてハッとする。これだけは言わなくっちゃ・・・。


「------何だ?」


 腕の中で身を捩って向き直ると彼と目を合わせる。


「お誕生日おめでとう、アクラム!」


 微笑みながら、あかねが告げると、蒼い瞳が瞬く。


「・・・今日で・・・あったか?」


「そうだよ、も〜」


 苦笑するあかねにアクラムも少し困ったような笑みを浮かべる。


「ね、まだ生まれ日当日を祝うのには慣れない?」


「------そうだな。なかなかそうすぐには馴染めぬようだな」


 そんなアクラムに、大丈夫だよ、とあかねが胸を張る。


「だって、来年も再来年も、その又次も、ずっとずっと毎年この日は 私がお祝いするもの。
そうしたら、あなただっていつかは慣れるでしょう?」


 そう言ってニッコリ笑うあかねをアクラムは再び抱きしめた。


「・・・・・・でも、今年はごめんね。この有様で何もお祝い出来なくて・・・」


「お前が気にやむ事は無い」


「だって・・・。アクラムに何か欲しい物あるって訊いても、いつも何も無いって答えるんだもの。
だから、せめて今日はあなたの好きな物でもいっぱい作ろうと思ってたのに・・・。
・・・・・・昔も今も私は肝心な時にあなたに何もしてあげることが出来ないんだね・・・」


 寂しげに微笑むあかねを見つめるアクラムの瞳の色が深みを帯びる。


「欲しいものなど、本当に今は何も無いのだがな」


「だから、それは私では無理だと思ってるから、そう言うんでしょう?」


「そのようなわけがないだろう」


「だって・・・」


 尚も言い募るあかねに小さく首を振ると、アクラムはフッと笑った。


「------真に欲したものは既にこの腕の中にあると言うのに?」


 彼女の躰をかき抱く男の腕の力が一層強くなる。
 あかねは目を瞠ってアクラムの顔を見つめた。


「・・・だって・・・だって、そんなのって・・・」


 胸がいっぱいになって、上手く言葉が出てこない。
 あかねの瞳から大粒の涙が溢れ出す。


「莫迦な・・・。これしきのことで泣く奴がおるか?」


 呆れたように言いながらも、そっと涙を拭うその手付きは優しい。


「だって、アクラムが珍しく優しいこと言うから・・・」


「・・・・・・まったく、泣こうが熱を出そうが減らず口だけは忘れぬな」


 大仰に溜め息をついてみせるアクラムに、まだ頬に涙の痕が残るあかねも くすくすと笑い出す。


「------さあ、もうそろそろまた眠るがいい」


 頷いて大人しく床に横になると、右手をアクラムの方へと差し伸べる。


「アクラム、手ぇ・・・」


「手・・・?」


「うん!」


 訝りながらも、重ねられた大きな手を顔の所まで導くと、そっと自らの頬に押し当てて、
あかねはうっとりと目を閉じた。
 熱で火照った頬にひんやりとした男の手はとても気持ち良くて。


「えへへ。やっぱりアクラムの手って冷たくて気持ちいいや。
------寝付くまでこうしていてもらってもいい?」


 そうっと目を開いて、男の表情を窺う。


「答えるまでもなかろう」


 穏やかに微笑みながら返された答えに、満足げに微笑み返すと
あかねは幸福な気持ちで再び目を閉じた。









2004年度版お館様お誕生日記念創作です。

誕生日当日には全然間に合わなかったんですが(寧ろ遅れ過ぎ/汗)
何とか企画期間内にあがってホッとしました。

しかし、私、風邪引きネタ多いな(笑)アクあかでは2度目だよ。
しかも遙か第1作めから風邪ネタだったし。

風邪ネタは気づけば今まで経てきたどのジャンルでも
必ず書いているのですが、多分それは私自身が
年中風邪っぴきだから(笑)。
熱で朦朧とした頭でボーっと寝てるとイイカンジに発酵されて
ネタとゆーか妄想が数だけはポンポン浮かびます。

あ、作中の鷹通の台詞はCDドラマからです。

何はともあれお館様、お誕生日おめでとうございますv





こちらの創作は「HBP3アクラム」にも参加させて頂いております。

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