暮れも押し迫った12月24日、真宵ちゃんと春美ちゃんの発案でぼくたちはクリスマスパーティを
することになった。
会場はぼくたちの中でも、一番広くて、立地の良い御剣のマンションである。
な、何故私の家なのだ・・・・? と直前までブツブツ言っていた御剣だが、いざ始まってしまえばアイツも結構満更でもなさそうに、くつろいでグラスを傾けている。
御剣のマンションの広く豪奢なリビングのテーブルの上には、ぼくと真宵ちゃんが高菱屋の地下食品街――いわゆるデパ地下で選んだ色々なオードブルやイトノコさんが買ってきた某ファーストフードのフライドチキンにスナック菓子、それに、春美ちゃんお手製のかんぴょう巻や太巻きなど色々なご馳走が並び、さっきから真宵ちゃんが凄い勢いで食べまくっている。
ケーキは用事があって、少し遅れて来るという狩魔冥が買ってくることになっていた。
あの葉桜院の事件の後、再び海外の法廷研究に戻った御剣は秋には一旦区切りを付けて帰国し、その一ヵ月後、後を追うように狩魔冥も日本に移住していた。
今では二人とも、日本の法廷に立って忙しい日々を送っている。
「なるほどくんたちだけずっるーい! あたしもそのピンクのシャンパン飲みたいよ!」
落ち着いた深い赤のやけにふかふかのソファで、御剣の用意していたロゼやゴールドの高級シャンパンのグラスを傾けていたぼくは、突然すぐ横で聞こえてきたでかい声に顔を上げた。
見れば真宵ちゃんが口を尖らせて、ぼくを睨んでいる。
「ダメだよ。真宵ちゃんはまだ未成年だろ」
「だって、後ほんの数ヶ月なのに・・・・」
「後数ヶ月なんだから、今日はジュースで我慢しろよ。さすがに検事の前で法律を破るわけいかないだろ」
「うううう・・・・」
恨めしげな目で唸る真宵ちゃんの視線の先では、これが噂のドンペリッスか〜、とイトノコさんが涙ぐみながら、シャンパンをすすっている。
「いいもん、ヤケ食いしてやるから」
(まだ食べるのかよ・・・・)
ガクリと肩を落としていた真宵ちゃんが気合いも新たに両手に2本ずつフライドチキンを持ち、交互にパクつき始めた時、先ほどから黙ってこの成り行きを向かいの席で見ていた御剣が口を開いた。
「ところで・・・・先日暮れの大掃除をしていたら、面白い物を見つけてね・・・・」
「面白い物?」
「ああ。これなのだが」
御剣が上着の内ポケットから出して、渡してきた物は折りたたまれた一枚の紙だった。
結構古い物のようで、紙の端は変色している。
「・・・・開けて、いいんだよな?」
「無論。そうでなくばキミに渡しなどしないが」
一応確認を取った後、その古びた紙を開いてみるとそこには――
『しょうらいのゆめ ばらぐみ かるまめい
めいはおおきくなったら、れいじのおよめさんになりたいです』
いかにも幼い子供が書いたようなつたない文字とひらひらの王子様のような格好の男の子と純白のドレスを着、銀色の髪にベールをつけた女の子の絵がクレヨンでぐりぐりと描かれていた。
「これって狩魔検事が・・・・?」
ぼくの問いに御剣はフッと笑った。
「ああ。向こうでメイが日系のkindergartenに通っている時に描いたものだ」
何故かちょっと得意そうに御剣が言う。
ぼくの両脇から興味津々で覗き込んでいた春美ちゃんと真宵ちゃんがきゃー! と黄色い歓声を上げた。
「わー、冥さん、かっわいいー」
「まあ! かるま検事はこんな幼い頃から、みつるぎ検事さまのことを想っていらしたのですね」
両手を頬に当てて、頬を染めながら、うっとりと春美ちゃんが呟く。
(本当に春美ちゃん、この手の話好きだな・・・・)
その時ぼくは、ふとあることに気がついた。
御剣に絵を返すと、ぼくは顎に手を当てて考えながら、質問してみた。
「・・・・あれ? でも、狩魔検事って確か、かなり小さい頃から検事目指してたはずだよな?」
「う、うム。・・・・実は狩魔豪がメイに検事教育を始めたのは、彼女がそれを持って帰って来た翌日からなのだ・・・・」
(おいおい、それって・・・・)
「おとうさん、みつるぎ検事の存在に危機感持っちゃったんじゃないのー」
にやにや笑いながら真宵ちゃんが言うと、御剣は驚いたように目を剥いた。
「・・・・そ、そうだったのだろうか」
(狩魔豪の娘への早過ぎる英才教育は御剣、お前のせいかよ!
・・・・しかも今まで気づいてなかったのか、コイツ・・・・)
「それにしても、冥さんの小さい頃って可愛かったんだろうなー。今も美人さんだもんね」
真宵ちゃんの言葉に、腕を組み、何やら考え込んでいた御剣の目許がふっと和む。
「うム。あの頃はメイもまだ素直でかわ」
その時ひゅっと空(くう)を切る音がしたような気がした。
向かいに座っていた御剣が何気ない仕草で僅かに上体を傾ける。
次の瞬間。
「ぎゃあ!」
「何を見せてるのよ! 御剣怜侍!」
ぼくが悲鳴を上げたのと、御剣のよけたムチがぼくに当たったのだと理解したのはほぼ同時だった。
ムチの飛んできた方を見上げるとそこには果たして狩魔冥が顔を真っ赤にして、憤然と立っていた。
「狩魔冥! 何でぼくを叩くんだよ!? と言うかきみいつの間に来たんだ?」
「フン。チャイムは鳴らしたわ。もっともバカがバカげたバカ騒ぎに夢中で、誰も私が来たことに気づかなかったようね」
ケーキの箱をドン! と苛立たしげにテーブルに置くと、狩魔冥はコートを脱いだ。
すかさず真宵ちゃんと春美ちゃんがケーキの箱に飛びつく。
慣れた様子で脱いだコートを空いているハンガーにかけると、狩魔冥は腰に手を当てて御剣をじろりと睨んだ。
「レイジ、あなたがそんなくだらない物をまだ持っていたとは驚きだわ」
「フッ。せっかくキミから頂いたものをこの私が捨てるわけがないだろう」
「な、なにを言って・・・・」
僅かに狩魔冥の目許が赤らむ。
「い、いいから、捨てなさい」
「断る」
「なんですって・・・・! じゃあ、返しなさい。それは元々私の物よ!」
「異議あり。既に所有権の移転は完了している。よってこれはキミの物ではない」
落ち着き払って御剣が言う。
「異議あり! あの時の私はせいぜい五歳くらいのはずよ。責任能力のない子供のしたことなど無効だわ」
ふうっと一つ溜め息をつくと、御剣はやれやれといった調子でいつも法廷でやるように、大仰に肩を竦めてみせた。
「ならば起訴でもするかね?」
小馬鹿にしたその態度に狩魔冥の頬に血が上る。
「バカバカしい! 話にならないわね!」
カッとなった狩魔冥が言うやいなや御剣の手から、さっと例の紙を引ったくって実力行使に及ぼうとしたが、ヤツは予期していたようで、それをひょいと躱すと立ち上がった。
そして紙を持った手を頭上高く上げると、反対の手の人差し指を狩魔冥に突きつけた。
「では、自力で奪い返したまえ」
「望むところよ!」
狩魔冥は爪先立ちになってぴょんぴょん飛び跳ねて、何とか奪い返そうとしているが、掠りもしない。
それはそうだ。長身の上、手足の長い御剣がめいっぱい手を上げているのだから、小柄な狩魔冥がどれだけ背伸びしても届くはずもない。
いつものピンヒールのブーツを履いてない室内の狩魔冥は、いつもよりもっと小さく見えて何だか子供みたいで可愛らしい。
悔しそうに唇を噛みしめる狩魔冥を見下ろす御剣の顔は実に楽しそうだ。
端から見るとじゃれあってるようにしか見えないと言うのに、狩魔冥の表情は真剣そのもので。
必死に背伸びして真剣な表情で御剣を睨み据えている狩魔冥と、そんな狩魔冥を余裕の表情で受け止めている御剣の図が何だかこの二人の関係の象徴のように見えて微笑ましい。
思わずくすりと笑みを零した瞬間。
「ぎゃああああああ!!」
「成歩堂龍一! キサマ何がおかしいッ!?」
狩魔冥のムチがぼくに炸裂した。
kindergarten=幼稚園です(わかるとは思いますが一応)
勝手に冥ちゃんを日系の幼稚園に通ってたことにしてしまいました(笑)
うーん、岩本さんの花見ポスター見ながら書いてたら、真宵ちゃんが食い気ばっかりに(笑)これでもナルマヨも好きなんですが…;はみちゃんとイトノコも、もっと喋らせたかったな〜。